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自然素材の家にこだわるワケ

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社長が自然素材の家にこだわるワケ

「無垢の木の家」にたどりつきました。

家づくりの原点 -幼少時代-

家づくりの原点 -幼少時代-

私の父親は、建設現場で現場監督をやっていました。
休みの日には、建設現場へ連れて行ってもらい、現場で父親が図面を書いたり、職人さんと打ち合わせをしている間は、現場を走り回っていました。
まさに、建設現場が私の遊び場でした。

大工さんのカンナを削っている姿、左官屋さんの塗り壁の繊細さ、見ているとワクワクしていたことは、今ではいい思い出として私の心の中に残っています。
建設現場には色んな資材がおいてあり、かくれんぼをするのにうってつけの場所で、あぶなっかしいからと職人さんに怒られたこともありました。

建築学科で学んだこと -青年時代-

建築学科で学んだこと -青年時代-

私は父の影響もあり、大学は建築学科へ進みました。その時は自分の手でデザインしたカッコイイ家を建てたいという一心で、勉強に励みました。

大学4年の時、世間はバブルがはじけたばかりで、高騰した土地・建物の価格が急落していた頃でした。
建物の品質の悪さが露見しはじめ、「建て方」や「建材の品質」が問題になりつつありました。私の知り合いの中にも、数年で外壁の色が変わったり、建物内部のクロスが結露によりはがれたりと、悲惨な状態を間近に見てきました。
「建築」を真面目に勉強してきた私は、それを見て愕然としました。

デザインが良く、使いやすい建物をつくってやるというプライドみたいなものを持っていたので、ショックを受けたのです。人の動線を考え、デザイン的に優れた家をつくることが、きっとたくさんの人を喜ばせることができるだろうと思っていました。

でも、違っていたのです。

好奇心から探求心へ -大学院時代-

好奇心から探求心へ -大学院時代-

この時は、まだ高断熱高気密という考え方は出だしのころで、あまり知られていませんでした。しかし、私は幸運にも大学のゼミで、住環境専門の先生に指導を受けることができました。必ずこれからは住環境、すなわち、部屋の中の温熱環境について考えざるを得なくなる時代が来ると感じていました。
もっと勉強を深めたいと思い、奨学金をもらい住環境の研究室のある大学院へ進み、ひたすら勉強に励みました。

人生のうちで一番勉強したと思います。
なぜモチベーションが続いたのか・・・

それは、自分自身が快適な住環境に住み、体感し、その快適性を皆に広めたかったからです。

パソコンでプログラムを作ったり、シミュレーションをしたり・・・。
実際に企業の資金を借りて、2階建ての実験棟を建て、そこで寝る暇もなく温熱環境を計測しました。
研究室の仲間と共に、寝ずに実験したり、論文をまとめたことは本当にいい思い出です。
そして、就職しました。

建築修行 -新社会人時代-

建築修行 -新社会人時代-

気づきを与えてくれた建築修行時代。
就職先は、建物の空調を得意とする会社でした。

当時の住宅会社は、まだ「部屋の中の環境は、部屋の空気の状態にある」ということを意味する『快適さ』については、あまりうたっていなかったように思います。「建物は強くなくては」とか、「カッコいい家をつくるためには」、「間取りは」・・・という時代でした。

もちろん、これらも大事です。地震に強い家については、建築基準法でも決められております。
しかし、快適な家の基準は、ほとんど法整備されていません。
整備されているのは、換気回数といった最低基準のみで、環境汚染に繋がるのは明らかでした。

例えば、クロスなどに使われているホルムアルデヒド。有害物質が部屋の中、しいては空気中で発生するので、それを逃がすための仕方のない基準しかなかったのです。

しかし、一見地味なその空調会社は、建物の中の環境を考えている会社でした。

私は空調会社で、様々な仕事を経験させていただき、住環境についての学びを一歩進めることができたと感謝しております。ただ、とても大きな会社でしたので、扱う案件もとても大きく、家づくり、モノづくりをしているという実感がわかなくなっていました。
そうして働くうちに、私の中でどうしてもやりたいことが芽生えてきました。

建築修行 -転職-

建築修行 -新社会人時代-

転職したきっかけは、住環境を考えた住みやすい住宅を建て、お客様に一番近い、長くお付き合いできる仕事をしたいという想いからでした。

長くお付き合いする・・・その意味は本当に深いと思います。
どんな家でも劣化します。学生時代に住環境ということに着目してから、常に感じていたことですが、日本の家は長持ちしない家が多いように思います。

人は一生のうちに、何度家を変えるでしょうか?
もしかすると一度も変わらない、ずっとひとつの家に住み続ける方も多くいるのではないでしょうか?そうなると、大事なのは、家のメンテナンスではないでしょうか?
そのためには、私自身のメンテナンス力も鍛えないといけないと思い、マンションのメンテナンスを得意とする会社に転職しました。
そこで、たくさんのお客様から、苦情を含め、家のお困りごとを聞いて回り、修繕や改修を行っていきました。

ほとんどのお客様は雨漏り、水漏れでのお問い合わせでした。それ以外に、外からの騒音、湿気によるクロスの剥がれ、床の腐れ、片づけられない一人暮らしのご老人による、ゴミの異臭からの近隣苦情等々・・・

たくさんのお宅にお邪魔しました。そこで学んだことは、ただ建物を建てるだけの仕事ではダメだということ。

新築を建てる会社にとっては、建物を建てたら終わりですが、お客様にとっては建ててからがスタートで、そこから何十年とローンを組んで住むわけです。
新築時は、丈夫でかっこよければというのが先行します。
しかし、それだけではない。
何十年とそこに住まう方、その方は快適な空間を望んでいるのでは?

私が勤めていた時の上司から言われたことがあります。
“田中君、建物にとって一番大事なことは何かわかるかね?”
私が思いついたこと、それは『地震に強い』、『快適』等々・・・
“もちろんそれも大事だ、でも私がいままでやってきた中で本当に大事だと感じたのは、
「メンテナンスのしやすい住宅」”
私は、“はっ”としました。

これまでの建物は、スクラップ&ビルド、20~30年経てば建て直せばいいという考え方でした。
何度建て替えてもいいかもしれません。しかし、壊すのにはお金もかかるし、エコという観点から考えても、環境に優しくない。
ずっと長く住むためには、建てた家に少しずつメンテナンスを加えながら、長く付き合っていかなくてはならない。
そのためには、メンテナンスのしやすい家をつくることが大事なんだと私は気づかされたのです。

大企業では、新築をする部門、メンテナンス部門と別れ、細分化されています。
そのため、新築を建てたら、また別の新築の現場に配属となり、新築ばかりを建てていきます。メンテナンスは、メンテナンスをずっとやっていきます。
それにより、新築のプロ、メンテナンスのプロが出来上がり、効率がいいわけです。
売り上げもよくなります。
私は、少し疑問を感じました。
自分が作った建物を自分の責任でメンテナンスをする。建物が朽ちるまでずっと見ていく責任があるのではと・・・

しかし、現実はそうはいかない。
何百棟、何千棟と建てる大手企業では、それは難しいのです。
人も異動などで入れ替わるので、お客様の家を建てた人がずっと見続けるということが難しくなってくるのです。

その頃、地場ゼネコンで働いていた父親が仕事を辞め、自分で工務店を開業すると言い出しました。お前には迷惑をかけないから帰ってこなくていいと言っての独立でした。
私自身も、まだまだ覚えることもたくさんあったし、さらさら地元に戻る気もまだありませんでした。もっと勉強したいという気持ちと、そもそも父のゼネコンでの仕事と、私の仕事とは少し種類が違うと思っていたので、一緒に会社をやっていくという発想が持てませんでした。

その後、私は30歳の時に、大阪に転勤となりました。

心機一転 -落とし穴-

心機一転 -落とし穴-

初めて住む大阪で、新築のアパートを借りて住み始めました。
誰も使っていない新しい部屋に住みたいという願望と、そこで心機一転頑張ろうという気持ちもあったと思います。

しかし、思わぬ落とし穴が・・・。

内覧の時は、窓を開けて内覧したのか?実際住んでみると何か臭いがするのです。
ツーンとした何かが・・・その時はなんであるかわかりませんでした。
しかし、あるときから体がかゆくなってきたのです。
医者に診てもらうと湿疹が出ていました。
よくよく考えてみると、その時はあまり話題にもなってなかったのですが、新しいクロスの接着剤からのにおいでした。
いわゆる『ホルムアルデヒド』です。
私は、そのホルムアルデヒドに敏感だったんです。

そして、それから私は、しばらく窓を開けたり、換気扇を付けたりと凌いでいました。
しかし、なんとなく体調の優れない日が続き、とうとうエアコンをつけっぱなしにして過ごすようになりました。

心機一転 -転職-

心機一転 -落とし穴-

これぞ、灯台下暗し・・・建築士の私が、そして今までさんざん「住環境」について学んできた私が、住宅からの健康被害にあってしまったのです。今まで建物をつくる仕事に携わって、こんなにも家というものが住む人の脅威になるとは、ガツンと思い知らされたのです。今までの自分は、本当に住む人の立場になって考えられていたのか?自分自身を見直さなければならない出来事でした。

国が24時間換気を義務付け始めたのもこのぐらいの時でした。この接着剤からの匂いや放出される有害物質を取り除かないといけないので、24時間換気を義務づけたのです。

でも、それって・・・

そもそもホルムアルデヒドなどの化学物質のない素材を採用した建物にすれば、寒い思いをしてまで換気しないで済むのでは?と考えました。
そして、人ができないなら自分がするしかない!
建築士として何ができるのか?使命感に燃えた私は、私の思う良い住宅、自然素材を存分に使った住宅を建てたいという方向性がはっきりと決まったのでした。程無くして、父親の経営する工務店に入社しました。

自然素材の家、快適な住まいづくりを目指して
-父親の経営する工務店に入社-

自然素材の家、快適な住まいづくりを目指して-父親の経営する工務店に入社-

父の会社は、父がゼネコンに勤務していた時代に培った技術と信頼で、法人様からの依頼が多くある会社でした。もちろん、入社したからには、父のスタイルを守り、今までの業務を発展させることが大切です。同じ建設業に携わってきた我々親子ですが、場所・人が違えば、内容も全然違います。一からの勉強となりました。

しかし、一見異種の仕事の中にも、発見や学びがあり、何よりも自分で“ものづくり”をしているという感覚を覚えるようになりました。

個人のお客様の仕事はほとんどなく、自分で開拓するしかありません。
父のスタイルを守りつつ、自然素材の家、快適な住まいづくりを目指して、一人でコツコツ準備をしていきました。

帰郷してから5年、必死に地元にも慣れようと働いてきました。地元に仕事仲間のネットワークがどんどん広がっていきました。多くの方のご指導、またお客様からのご紹介など、この5年間でとにかくたくさんの方に出会い、とにかくよく働きました。
そして、私は6年目に工務店の社長になりました。

心地よい家を建てること -工務店社長に-

心地よい家を建てること -工務店代表に-

住環境のことを一番に考えた工務店もあっていいのでは?

今までは、住宅の仕様を考えたり決めたりするのは、大手の住宅メーカーさんや建材屋さんの仕事だったかもしれません。しかし、実際にお客様の身近で家を守っていく地元工務店が、快適な家を提案できないでどうするのかと思いました。
もっと家について学び、住む人の声を聞いて、住環境に強い工務店になる・・・
それは自然なことのように思いました。

小さな工務店の社長となった私が、いの一番に考えたことは、やはり以前から取り組みたかった自然素材をふんだんに使い、断熱・気密など機能的な部分に配慮した、心地よい家を建てること。そして、住宅による健康被害がなくなることや、快適な家にニコニコ笑顔で過ごす家族が増えることが、建築士として仕事をさせて頂いている私の使命ではないかと感じているのです。これは、私の夢なのです。
納得できる建材を探すため、仕事の合間を縫い、全国各地を回りました。

2015年7月、ついに自然素材を存分に使った住まいのギャラリーを久留米市御井町にオープンしました。
それに合わせ、今まで温めてきた「快適な住空間」を実現する家を発表するに至りました。

多くの会社、多くの人との出会いの中で行き着いた、私自身が「これだ!」と思える家です。

大工さんやメーカーさんなどの建築に詳しい方ほど、「木の家」に住んでいらっしゃいます。その詳しい理由が知りたい方は、ぜひ、house plus+スタッフにお声かけください。ただ家を建てるだけではなく、建築のその先にある、住む人の幸せがプラスされていくような建築を手掛けたいと心から願っております。

代表取締役 田中 崇浩 プロフィール
代表取締役 田中 崇浩 プロフィール

■ 略歴
・1974年生まれ 福岡県久留米市出身
・九州大学大学院 修了
・デベロッパーにて建築・不動産の仕事に携わり、2009年光栄建設に入社。現在、代表取締役。

■ 資格等
一級建築士/一級建築施工管理技士/宅地建物取引士/一般耐震技術認定者/既存住宅現況検査技術者/管理業務主任者

■ 趣味
サイクリング/キャンプ

house plus+
福岡県久留米市御井町1736-1
tel:0942-27-6202 fax:0942-27-6203

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定期的に相談会も開いていますので、
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